こんにちは! 物書きの忍者です!
今回は、やる気を削いでしまう意外な要因について紹介します。
みなさんは、中途半端なところでやる気が無くなってしまった経験はありませんか?
筋トレや資格の勉強など、思いつきで勢い良く始めてみたものの、なぜか途中から面倒くさくなっていき、投げ出してしまった経験のある方は意外にいると思います。
ここでは、そんな中途半端なところでやめてしまった経験のある方に向けて、やる気を削いでしまう意外な要因について紹介していきます。
やる気を削いでしまう意外な要因
先に結論から言いますと、やる気を削いでしまう意外な要因とは『自身の成長を実感できない』ことです。
もう少し具体的に言うと、やる気を削いでしまう意外な要因とは、同じことを繰り返していくうちに前よりも少し作業が速くなったとか、出来栄えが以前よりも僅かに上達したなど、自分の目で見てちゃんと理解できるような達成感を得る機会が殆どないことです。
まず最初に少しだけ考えてみてほしいのですが、私たちが今も続けている「趣味」や「好きな事」というのは、そもそも、どういった理由から続けるようになったのでしょうか?
たぶんですけど、描いた絵を親にホメられるなど自分の成果を高く評価されたりしたこと、もしくは、何度も失敗するなどの苦労の末に何とか成功した時の『達成感』から好きになったという人が大半だと思います。
つまり、当たり前の話かもしれませんけど、私たちにとっての「趣味」や「好きな事」というのは、基本的に楽しかったとか嬉しかったといった好意的な印象の上に成立するものなのです。何度やっても上手くいかなかったとか、下手だと他の人に馬鹿にされるとか、マイナスな印象から「好きな事」に発展することは稀だと思います。
そこで少しだけ考えてみてほしいのですが、私たちは「趣味」や「好きな事」なら長時間であっても容易に集中力を持続させることが出来ますけど、「嫌いな事」であった場合、短い時間しか集中できず、すぐに集中を切らせてしまいます。その違いはどこから来るのでしょうか?
その理由を簡単に言ってしまうと、私たちが「嫌いな事」と定義している行動には、私たちが楽しくなれること、嬉しいと感じられる機会が存在していないからです。
そもそも「嫌いな事」に楽しいと思える部分があったなら嫌いにならないわけですけど、ここで注意してほしいのは、私たちが『楽しい』と判断する基準は何なのかという話です。
例えばの話で、自分が本当ならやりたくない仕事をして、その成果を人に見られたとしましょう。その時、その成果を見た人から「スゴイ」とか「よくやった」と評価された場合、嫌な気持ちになるでしょうか?
正直、褒められて嫌な気持ちになる人はいないと思います。たとえその過程が「好きな事」であろうと「嫌いな事」であろうと、結果的には嬉しいと感じる筈です。
ようするに何が言いたいかというと、私たちは「好きな事」とか「嫌いな事」という基準に関係なく、最終的に誰かに褒められるなど自分が『楽しい』と感じられる部分があれば、集中して持続させられる可能性があるわけです。
とはいえ、そもそも「他人に褒められる」のような状況というのは遭遇する機会の滅多にない珍しい状況ですし、始める前からやる気の出ない物事でそういった状況を生み出すことは困難です。
そこでオススメしたいのが『自分で自分を褒める』という方法で、もう少しわかりやすい言い方をすると、自分の行動に対して「以前よりも丁寧に書けた」とか「前より上手くなった」など細かな変化に対して自画自賛をする方法です。
正直、自画自賛という言い方をすると嫌な印象を受けるかもしれませんが、実際に以前よりも変化したことや達成できたことを素直に評価することは非常に重要です。なぜなら、何度も言うように人にに褒められることは、私たちの集中力の持続につながるからです。
その褒めてくれる相手が「自分以外の人」であろうと「自分自身」であろうと関係ありません。
なので、もしもいざという時にやる気が減退してしまうと悩んでおられる方は、まず『自身の成長を実感できない』という問題点を払拭するために、自画自賛してみることをオススメします。
さいご
今回は、やる気を削いでしまう意外な要因について紹介しました。
まとめると、
- やる気を削いでしまう意外な要因とは『自身の成長を実感できない』こと
- やる気を削いでしまう意外な要因とは、同じことを繰り返していくうちに前よりも少し作業が速くなったとか、出来栄えが以前よりも僅かに上達したなど、自分の目で見てちゃんと理解できるような達成感を得る機会が殆どないから
最後までお読み頂きありがとうございました。
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